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| リアルとバーチャルの有機的な融合 | ||||||||||||||||||||||
| 内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメール |
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| ■2003年2月交流会の記録 2002/02/02 | ||||||||||||||||||||||
| 章へジャンプ→ 開催のお知らせ|ネット時代に生まれた新しい交流の形|予想外の訪問者|なにかあったら|四段技総ナメ|閂系|表投系、その他諸々・・・|攻撃線を外す|戦術について|一鶴へ | ||||||||||||||||||||||
| ■開催のお知らせ | ||||||||||||||||||||||
<<2003年2月交流会開催のご案内>> 今年最初のe-研交流会は神奈川で開催します。 今回のテーマ「当てる感覚と当てられる感覚」 現実を無視した護身術などありえません。安全を確保しながら、リアルを体験しましょう
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| ■ネット時代に生まれた新しい交流の形 | ||||||||||||||||||||||
参加のルールさえ守れれば、出入り自由なのがe-研交流会だ。参加したい人は申し込んで参加するし、都合の悪い時はそのまま見送る。毎回参加の義務もなく、固定的なメンバー制はとっていない。 また、定期的な活動というのもない。事務局も誰かがやりたいと言えば交流会を企画するし、誰も求めなければ動かない。それぞれの道場に所属し別々の活動基盤をもっている拳士がネットを使って自発的に交流するプラスαの金剛禅運動と言える。 ここ数年のパソコンやネットの爆発的な普及に伴って生まれた新しい通信手段を活用して、僕らは新しい形の交流の機会を創りだしている。通算16回目を迎える今回は神奈川県での開催となった。 |
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| ■予想外の訪問者 | ||||||||||||||||||||||
会場で着替えようとしていると、しんたろさんに声を掛けられた、振り返ると彼の横に年配の男性が2人座っている。見学の方だろうか。それにしては様子がチトおかしい。 すぐ自己紹介があり、神奈川県連の佐藤理事長と加藤副理事長であることが分かった。が、こんな小さな自主練習の場に神奈川の重鎮がわざわざ2人も来るとはどうしたのだろう。 挨拶もそこそこに、僕は名前と所属を聞かれ目の前でメモを取られる。言葉は丁寧だが、あたりに漂う空気はフレンドリーなものとはとても言えない。一体なんだというのだろう。質問に答えるかたちで簡単にe−研交流会の概要や背景を説明した。 やがて、両先生の話しを聞くうちに、今日会場に来られたわけがだんだんと分かってきた。今回この会場でe-研交流会を開催すると聞いたが、そんな届出は受けていない、そこで調べに来られたらしい。どうも少林寺の名を語る別派ではないかと思われたようだ。しかしこれは誤解だ。冒頭にも書いたようにe-研交流会は少林寺拳士間の自主的な交流会の一つだ。しかし、こうピリピリしているところから想像すると、どうやら横浜の地はいろいろと難しい問題があるらしい。
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| ■四段技総ナメ | ||||||||||||||||||||||
今回はなぜか四段受験を控えた拳士の参加が多かった。組演武形は各自練習していると思うが、過去に習ったすべての法形を十分に復習している人は結構少ないのではないだろうか。過去に習った法形で忘れてしまったものを誰でもいくつかもっているのではないだろうか? 技の整理には良い機会だ。 僕も含めいい復習になる。四段技を仏骨投からおさらいした。 仏骨投や首絞投など最後まで掛けると危ない技は途中まで、それ以外の技はなるべく途中で止まらずに最後まで通して掛けるようにした。
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| ■表投系、その他諸々・・・ | ||||||||||||||||||||||
表投と一緒にちょこっと振捨表投も説明したところ、送小手投と何処が違うか分からないという質問が出た。これらの違いを理解するには、相手の崩された状態を比較するのが一番分かりやすいのではないだろうか。そこで両方の技を掛けながら比較する。鈎手で浮かされて投げられるのが送小手投、相手の引き手を詰まらせて回転を止めるのが振捨表投だ。
上受背投の攻撃が不明だった。教範には平拳での打ち込みとある。裏拳打ち込みの間違いだろうか。しかし、それでは逆天秤のように腕が極まってしまい、かなり危ない。この日は結局手刀での打ち込みに対して上受背投を練習した。 合掌丁字も悩ましい技だ。これも教わる先生によって掛け方が違ったりする。古武道を参考にしたという掛け方、手首の筋肉を絶ち切るような掛け方、閂手法に対して丁字を捕るような掛け方など一通りしてみせる。皆で手首を握り合って実験した。 多くの人には掛かるが、りょうさんの太い手首に丁字を掛けるのは難しい。仕方ないのだろうか。 誰かが聞く「急所の場所はどこら辺ですか」誰かが答えた「ストンとはまる所があるはずだ」 その一言で、なぜか以前本部講習会で加藤義秋先生に圧法を教わった時のことを思い出した。 (いけるかもしれない)そう思って早速試してみると、今までと相手の反応が違う。メチャクチャ効くようだ。それでもりょうさんだけは最後まで立っていたが。だけど手を離した瞬間「痛ッテー・・・」と言っていた。どうやら根性で我慢していたようだ。 |
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| ■攻撃線を外す | ||||||||||||||||||||||
今回初参加のタロウさんが事前の書き込みで攻撃線を体感したいというような事を書いていた。正しいアプローチだと思う。攻撃線を理屈から理解しようとするのはナンセンスだ。体験して、しかる後、言葉で考えたらよい。タロウさんの胴蹴を外し、突を外した。 今度は見てもらおう。イッシンが相手をしてくれた。彼は蹴り間合いの調整が上手いので外すのが難しい。デモをしてもちょっと気を抜くと、成功するケースと失敗するケースが混じってしまう。もっとも目の前で成功例と失敗例を交互に見たほうが、かえって見ていて分かり易いかもしれない。 誤解してほしくないのだが、蹴りが上手いと攻撃線を外せないというわけではない。乱捕り慣れした人に多いのだが、駆け引きの上手い攻者は、蹴りのモーションに入っても狙ってないことが多い。このタイプの攻者はおとりで動きだし、守者が反応してしまったのに合わせて初めて狙う。攻者の動きを守者の気持ちで行うのだから、守者は守者に徹しきれないとやり辛い。 そういう攻者に相対したら、本当に狙うまで守者は反応してはいけない。こちらも動かないので最後の最後で蹴られてしまうこともあるが、その時はもう強い蹴りはできなくなっているので無視してよい。それを我慢しきれずに、つい早めに受けに行こうとすると裏をかかれるのだ。 こう書くと、非常に難しい精神戦のように聞こえるが、これは攻撃線ひとつで解決できる。 ただ面白いことに、そんなイッシンが守者に回ると守者の動きを攻者の気持ちでやってしまうため、逆にカウンターをとられてしまう。
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| ■一鶴へ | ||||||||||||||||||||||
本当は、柔法の崩しも研究したかった。だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。最後に軽く研究成果発表を行い、僕らは練習を切り上げた。 ちゃんとカウントしたことはないが、e-研交流会も今回で16回目で、毎回10数名が参加している。恐らく述べ参加人数は200名を超えたことだろう。 本日もけが人ゼロ。無事故の記録を更新中だ。 たまに保険を掛けてはという話しがでる。しかし、結構それぞれ掛けていたりするので交流会全体としては掛けていない。それに保険を掛けたからといって怪我や事故が減るものではない。事故や怪我を減らすためには、現象と原因を分析し、その原因を取り除くための対策をとる必要がある。悪因悪果、善因善果ではないが、原因を見極め取り除くほうが、何にもせず保険を掛けるよりよっぽど効果が高く安全だ。 地下鉄で3駅行った横浜には一鶴がある。一鶴といえば少林寺関係者にはなじみの店だろう。皆で鳥にかぶりついた。 |
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