リアルとバーチャルの有機的な融合
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■2006年 超巨大e-研福島合同合宿 【第二部 小名浜編】
小名浜へ寄り道|喧嘩・乱捕はまず知略?|お前は来ると思っていた|技の話になると止まらない|動禅の呼吸法|親無しのメリット|福島のラーメン|皆でつくる味
■ 第二部のはじめに・・・

今年も楽しかったe-研福島合宿!
その帰道ちょっと寄り道して小名浜の吉四六先生をご訪問しました。

■ 小名浜へ寄り道

福島には吉四六先生がいる。何年か前にこのe-研福島合宿でお会いしたのが縁の始まりだ。なめてかかっていったら両手閂投で板の間に叩き付けられたことを今でも覚えている。今年も参加してくれるはずだったのだが、直前で肩を痛め療養中だったのだ。それでもせっかく福島県まで来たのだから、ひとめだけでもご挨拶しておきたかった。いわき勿来のインターで春一号と別れ、小名浜には明竜号だけで向かった。

吉四六先生は気持ちよく迎えてくれた。右手をかばうように居間に座り、早速吉四六先生は昔の写真を見せてくれた。現在毎年数回の指導者講習会が開催されているが、なんと第2回目の指導者講習会の写真をお持ちだった。もちろん吉四六先生自身が参加されていて最後列に写っていた。

前の方には開祖や、若き日の田村道明先生の顔も見えた。故・梶原道全先生はリーゼントで腕組みをして写っていた。「当時はひとくせも、ふたくせもある連中ばっかりだった」吉四六先生はそう言われた。

■ 喧嘩・乱捕はまず知略?


吉四六先生は突然の訪問にも
快く対応してくれた
吉四六先生は本部期生69期の古い先生だ。東北に少林寺拳法を広めよと開祖から言われた3人のうちの1人として福島を拠点に多くのお弟子さんを育てられた方だ。吉四六先生の師は田村道明先生になる。

いつしか吉四六先生の話は、開祖と田村先生との出会いの話になった。これは有名な話だが、桃稜公園で開祖がヤクザ者同士の喧嘩の仲裁をしたというものだ。ただ、僕がよく聞く話にはないエピソードも教えてもらえた。

犬を連れステッキを持っていた開祖が木に犬を縛りつけ、ステッキを立てかけ、スタスタと喧嘩の中に入って行き、向こう側に抜けていった時、2、3人が倒れていたらしい。そしてまた黙ってこちら側に抜けてくるとまた2、3人が倒れている・・・そんな、倒し方をしたらしい。

「無言だったのですか」と僕が聞くと「そうだ、喧嘩は知略を使わなくてはいけない。武器を持っていたり、下手に声を掛けると敵とみなされる。無言のまま入っていけばどちらの人間も『誰やコイツ』と思うて手を出してこん。技の練習は技・術・略というが、喧嘩は逆でまず知略だ」と教えてくれた。

■ お前は来ると思っていた

このエピソードはまだ続く。この喧嘩を見て田村先生は入門したらしいが、そのとき開祖は「お前は来ると思っていた」と言ったそうだ。田村先生もいたるところで喧嘩ばかりしていたので目立っていたらしいが、「お前は来ると思っていた」と言うあたりが開祖らしいと思った。相手を特別視してあげることで、その相手は物凄いやる気を出す。そんな心のくすぐり方がえらく上手だったのだと思った。

知略の話をもう少ししても良いだろうか。喧嘩になったら、まず「謝る」のだそうだ。売り言葉に買い言葉で「おいこらっ」「なにをっ!」となると相手も臨戦態勢になってしまう。そこでまず「すいません」と謝る。すると相手はこちらを弱い奴と値踏みして防御も考えずに殴ってくる。そこをすかさず流水蹴でしとめるのだそうだ。

「1年間流水蹴だけやっていれば、喧嘩には勝てる」。そう言われた吉四六先生の目に凄みを感じだのは僕だけだろうか。

■ 動禅の呼吸法

呼吸法についても聞いてみた。教範に静禅時の呼吸法は載っているが、動禅時の呼吸法については触れられていない。そのことが前から気になっていた。その理由とあわせて聞いてみた。

まずやり方だが、これには半分驚き、半分納得した。一言で言えば、息を止めているというのだ。息を吸う瞬間が狙われるから呼吸を読まれないようにするのが鉄則。そこで呼吸を止め、一機にしとめるらしい。ただ、もちろん肺活量の少ない人もいる。実はF先生もあまり肺活量は多くないらしい。そこでそんな人達はどうするかというと浅い呼吸をするのだという。座禅では3分残すが、拳法の時は上の3分だけで息をするというのだ。言われてみれば、自分も自然とそういう呼吸をしているような気がする。

なお、なぜ動禅時の呼吸法が教範に出ていないかだが、これは人によって差があるからなのだそうだ。静禅以上のシビアさが求められる動禅では「呼吸を読まれない」という原則は一緒でも、具体的なやり方の部分は得て不得手もあって、人により違いがでる・・・なるほど、それはそれで納得できる。

F先生の技はキレるが、その背景にはこういった数々のコツをきちんと実践しているからではないかと思われた。

■ 親無しのメリット

車座になって、話していると僕の親の話になった。僕はこの話題になると歯切れの悪い答えしかできない。僕が入門したときの道院長も、その後今の拳法のベースを仕込んでくれた本部の先生も少林寺拳法をやめてしまった。しかもどちらもあまり自慢できるやめ方ではない。僕は書類上は兄弟子の支部から独立という形になっているが、実質親がいなかった。

F先生はそれはいいことだと言ってくれた。道院を渡り歩いた人はいろんな先生に習えるメリットがある。反対に、ひとつの道院だけで育つとどうしてもその先生の派閥から出にくいというのだ。なるほど、たしかにそんな見方もある。実際僕が誰に遠慮することなく、こうして他県の先生のところにお邪魔できるのは親無しのメリットかもしれなかった。

本当はもっと色んな話を聞きたかったが、F先生はまだまだリハビリ中だ。長居は身体にさわる。僕等は後ろ髪を引かれる思いで失礼した。

■ 福島のラーメン


予想以上にイケてた「麺屋吉風」
のラーメンとチャーシュー丼
これから僕等3人は宇都宮へ向かうのだが、その前に腹ごしらえが必要だ。ナビで近所のおいしそうなラーメン屋を探した。

6キロほど行ったところに「麺屋吉風」と言う店がある。麺屋を名前につけている店はそこそこ研究熱心なところが多い。それにキップウという言葉も毅然とした力強さを感じさせた。僕等はそのお店へと向かった。

店の前に張り出されていたメニューは豊富だ。店内には横浜家系のような醤油とんこつの香りが漂っていた。たしかに醤油とんこつというメニューもあり、そのトッピングを見てもこれは家系ラーメンをパクッたとしか思えないようなラーメンだった。僕はお店の名前を被せてある吉風ラーメンをオーダーした。

待つこと数分、家系とは全く違った澄んだ醤油スープのラーメンがでてきた。魚介系の出汁が効いている。ボリュームのあるチャーシューとシャキシャキしたタマネギの微塵切りがいい。これがご当地ラーメンかは知らないが、予想以上に美味かった。

同時に頼んだチャーシュー丼は生卵を割り落とすというスタイル。東京の多くのラーメン屋に最近豚飯やらチャーシュー丼が何食わぬ顔で並ぶようになったが、この生卵攻撃も流行るのではないだろうか。

■ 皆でつくる味

通行止めの常磐道を迂回し、郡山経由で宇都宮へと向かった。いわきから郡山経由で宇都宮となるとそこそこの距離がある。後部座席でロングさんが爆睡している。助手席の妻も時折ヨガの眠りに入るようだ。ハリアーのHDDナビで静かにBGMを流しながら、僕は今回の合宿を振り返っていた。

今回の合宿も楽しいものになった。新鮮で刺激的な交流があり、普段の生活とはちょっと違った体験ができる。合宿の成功は参加してくれた拳士の功績大であり、忘れてはならないのが陰で支えてくれた父兄の方々だ。朝早くから食事の用意をしてくれたり、必要なものを持ち寄ってくれる。

企画の成功は3つの要素から成り立っていると言われている。入念な計画、事前の準備、そして参加者の意識。美味しい鍋に仕上がるかどうかは素材とその調理方法にかかっている。まさに合宿は皆で作る鍋のようなものだと思う。